こじまのかべ打ち

こじまが話したいことを書き書きしてます。

二十五歳の知らない子どもたち

こんにちは。こじまです。

 

この最近は千葉の夢の国へ行ったり、バイト先の友達と夜通し推し会したり遊び倒しました。

親には大学院生になってから"大学生みたい"って言われますが、本当にそうだと思います。

 

さてさて。1月17日です。

今日という日はわたしが楽しくプレイしているゲームのキャラクターの誕生日でもありますが、今回はそういうことではないです。笑

 

こじまは現在25歳で、神戸市出身で、今日は1月17日。

ここで察しがいい人は何の話をしているかわかるかもですね。笑

わたしは久々に1月17日を神戸以外で過ごしているかもしれません。

 

こじまは94年生まれですが、学年で数えると生きて震災を経験した最後の代です。

だからいつも、わたしの1月17日時点での年齢=震災からの年月です。

 

わたしは当時も神戸にいたらしいです。しかも東灘区。道を一本挟んだ商店街は潰れていたり、火事もたくさんあったみたいです。

たまたま新築の家に引越したばかりで、偶然荷物も家具も何もない部屋で寝ていたらしくて。

引越し前の家では大きなタンスの前で寝ていたらしくて、死んでいたかもしれないらしいです。

父親は中国に海外出張でいないし、神戸にいても埒が明かないから大阪にいる祖父母のところに行こうにも、ほとんど電車は動いてないから神戸からかろうじで運行していた阪急電車西宮北口駅まで母親は歩いていったらしいです。

 

なんだか大変な数日間を過ごしたみたいです。

けれどもわたしは生後6ヶ月で、何も覚えていません。

さっきの話は全部、母から聞いたことです。だから「らしい」が必ずつきます。

 

わたしの世代は成長といっしょにいつも1月17日がついて回りました。

10歳のときにはまだ完成していない神戸空港で写真をとって、コメントを寄せました。

あとなんか凧をあげた気がします。

もはや神戸空港ということと写真撮影以外は記憶おぼろげです。笑

  

小学校でも震災のことを勉強しました。毎年。

わたしが3年生から卒業までいた小学校は当時の校長先生と生徒が数名亡くなったので余計にしっかりやっていた気がします。

いつぞやの総合の時間に資料を集めてきましょうっていう宿題がでて母親に聞いてみたら震災を扱った雑誌がたくさん家でとってあることをその時初めて知りました。

(ちなみにわたしが印象に残っている記事と写真は「異様に赤かった前日の空は地震の予兆だったのか」という記事と阪神高速で今にも落ちそうなバスと大量に散らばったみかん(?)の写真です)

 

何も知らないのに「経験した最後の世代」はいつもついていて、10歳のときにも「コメントって言われても何言えばええねん」って思ってました。

 

何も覚えていない25歳のわたしたちは何を望まれているのかなと。

ましてや今のわたしみたいに今は神戸ではない土地で生活している25歳・神戸っこもたくさんいるなかで、「経験した最後の世代」はどうしたらいいのかななんて、東京でぼんやり考えるそんな今日です。

 

やっぱり「記憶の担い手」って思う人たちもいるのんですかね。

(いやいや、覚えてないのに「次の世代へ」とか言われて期待されてもどうしたらええねん。笑)

 

あとは東京にいると、何も震災を感じなくて1月17日をすっかり忘れてしまいそうでした。

 

あー。逆に3月に東京にいないので、どんな空気感なのか感じられないことが少し口惜しいと思ってしましました。(こんなん言ったら怒られるかな)

 

それでは!

 

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