こじまのかべ打ち

こじまが話したいことを書き書きしてます。

冴えない世界の育て方

こんにちは。こじまです。

 

相変わらず家にいます。笑

わたしはずっと家にいるのに、なんだか世の中は目まぐるしく変わっていっている感覚がします。

 

状況がというよりは消費するものがって感じもします。

あとは単純にどれも楽しい話題じゃないし、個人的に「?」が浮かぶことが多いです。

 

なんだかそういうのばかり見たり聞いたりしているとぐったりしてきてしまいます。

ここ最近で1番大きな話題になっているのは人種差別ですかね。

 

自分の扱う領域が近い部分なので、ちょこちょこ情報を追いかけています。

たしかに社会システムとして問題があるのは改善すべきだし、今まで見てこなかった隔たりは可視化されるべきだと思います。

 

けれども今その問題を問題だというのであればもっと見るべき問題があちこちに、自分のすぐそばに、今まさに転がっていることにも目を向けて欲しいな〜という気もします。

 

あとは人種差別的なものをすべて目の前から消し去れば解決するような問題なのでしょうか。

奴隷貿易を行っていた人の銅像を撤去したり、人種差別的発言をした人の銅像を川に突き落としたり。

彼らが行っていたことはたしかに今現在の基準で考えれば、許されないことですよね。

けれども彼らの功績によって街が発展したり、成長してきたこと自体もその像が目の前からなくなったら忘れてしまいそうです。

 

風と共に去りぬ』が人種差別的なシーンがあるから配信をいったん取り下げられたのも疑問でしかないです。(というか、どうあがこうがこの世の中に誰も傷つけないエンターテイメントなんてない)

 

自分たちの街が、自分たちの「文化」がどういうものを礎にしてきたことに目を向けないことも問題だと思います。それは後悔や反省を消すことと同義な気がするからです。

(まぁ、後悔や反省はいつまで、どの世代まで背負う必要があるなどいろいろ別のことが山積みですが)

 

日本だと京都の九条あたりの団地を潰すのに似ている気がしなくもないです。

あとはなんで大阪府の南のほうで油かすが伝統的な食べ物になっているのとか。

 

怒ることも大事だけれども、起きてしまったこと・やってしまったこととどう向き合うかも同じくらい大切なのではないでしょうか。

どうしてそうクロかシロしかないんだという気分です。

 

ムーブメントを十把一絡げにみると見失う、実際には問題の上澄みをさらっているだけの側面もあるような気がします。

 

あとはこの一連の"怒り"がコンテンツとして消費されるのではなく、世の中の動きが"より良い"世界に繋がることをただただ願うばかりです。

どうするのが"世界"にとって1番いい方法かなんて人それぞれだし、難しすぎです。笑

 

『すべては歴史的遠近法の彼方で古典になっていく』

わたしの大好きな本に書いてある言葉です。

今見ている出来事はまさしく数年後には古典になっていくんだなと、ぼんやり画面越しに考えます。

 

ぼんやり見ているわたしはもしかしたら冷ややかかもしれませんね。

どうしても「そこに怒るなら、もっと怒るべきことが今までも近くにあったじゃん!」と思ってしまう自分がいるもので。笑

 

それでは!