こじまのかべ打ち

こじまが話したいことを書き書きしてます。

Be My Story

こんにちは。こじまです。

 

5月です。1年の3分の1が経ってしまいました。

引っ越した先のめちゃくちゃ立地がいいことが最近ようやくわかってきました。笑

 

毎日が濃密で会社員になって1ヶ月ちょっとになりましたが、「まだ1ヶ月なのか」という気分です。

会社員を始めてからこれまで以上に1日が秒で過ぎていきます。

気がついたらもう次の天気予報みてる。怖いです。笑

 

さて、研修を経てから部署に配属されてからもちょうど1ヶ月が経ちました。

何をするかわからなかった部署ですが、ようやくぼんやりと「こんな感じかな」というのが掴めてきた気がします。

 

個人的にはめちゃくちゃ"当たり"な部署に配属させてもらったと思います。

知らないことばっかりですし、次から次へと仕事が降ってくるので大変なことばかりですが、もう毎日が楽しくてしかたないです。

 

あんまり深くは書けないですが、こじまは主にセキュリティーに関する部署にいます。

会社のディフェンダー的部署ですし、個人情報をめためた扱うので書けないことばかりです。ふむ、どうやったらコンプラ違反にならずに済むのでしょうか。

 

そんな部署にはこじま含め5人の新人が配属され、さらに3つのグループに分かれました。

わたしがいるのは主に部内の取りまとめや経営企画部なんかとの折衝をしたりするグループにいます。ここに配属されたのはこじまだけで、しかもこれまで新人が入ったことのないグループだそうです。

 

なので、こじまの直属の上司たちはみんな役職付きだし、1番年次の近い先輩ですら10年目というベテラン勢のグループで基本は先輩に囲まれてパソコンをいじいじしています。

右隣りにOJTの先輩(15年目) 、左隣に10年目の先輩(関西人)の配置で座っているのですが、10年目先輩がコテコテに関西弁なので言語がバグりがちです。

急に関西弁になったり、東京弁になったりで喋っているわたしが混乱します。

 

 あとは10年目先輩が中高の部活時代を彷彿とさせる人で、うっかり「はい!先輩!!」と返事をしてしまいそうです。静まれ、こじまの体育会系の血。

 

今はまだ小さな仕事や雑用ばかりですが、とても楽しいです。

雑用が楽しいのかと思う方もいるかもしれないですが、雑用の楽しさは何よりも効率化する工夫を自分でできることにあります。

テキパキと雑用をしながら、どうしたらもっと時間が作れるのかを考えたり、仕事を勉強するなんて最高です。あとはこれまでの自分の引き出しからガタガタ引っ張りだすのも楽しいです。

 

そんな今のこじまはジャニーズJr.の気分です。笑

 

"アイドル"のなかでもそれが1番しっくりくる気がします。

ジャニーズJr.の子たちってほかの"アイドル"の卵たちよりもメディア露出もあるし、本職の部分である歌や踊りもするわけじゃないですか。

"アイドル"の証であるCDは出していないけどお給料は発生するセミプロみたいな存在なのが、今の自分の立ち位置にしっくりくる表現です。

 

プロじゃないけどプロ意識はもたなきゃいけないのですし、仕事は選べないそんな立ち位置にいる気がします。

まだ一人前じゃないけれど自分に仕事をくれる人たちの期待に応えたいし、自分のしたことがたくさんの人に影響を与えることができたらいいなって。

 

そのためにもまずは目の前にある仕事に一生懸命に取りくんでいくほかないので頑張っていこうかなとぼけーっとしながら思っています。

あとはいつカメラに抜かれてもいいように笑顔の練習もしておきましょうか。笑

 

もうちょっとブログを書いたりする時間も作れたらいいな〜

はやく今の生活サイクルに慣れたいな〜

 

それでは!

 

 

僕は僕みたいだ

こんにちは。こじまです。

 

4月です。気がついたら御社が弊社に変わっていました。

最近「えっ…もう<もえるゴミ>の日なん?」と思うたびに"社会人"になったことを実感しています。

 

 会社員になったとはいえ、今はまだ全体研修中でして、たいして何もしていません。

強いて言うならいかに既視感のあることに意味づけできるかの戦いをしています。

自分のなかで当たり前だと思っていたことでも、舐めちゃだめだと言い聞かせながら主に睡魔と戦っています。(特に座学)

 

ちなみにこじまは初期配属についての人事面談のときに「どこでもいいでーす!」といったので、よく実務はまだわからないけどおもしろそうな部署になりました。(さすがにちゃんと理由づけした「どこでもいい」です。笑)

 

およそ20年も学生の肩書で生きてきたので、それがなくなるとどうなるんだろうなとずっと気になっていました。職業の欄に"会社員"って書いたら何かが変わるのかなと。

 

案外なんも変わんないですね!

 

まずいつも通り周りは勝手にサバを読んでくれます。笑

同期たちとわたしでは最大で4歳離れているのですが、もうすでに忘れられています。

何度か年上だよとは言ったんですが、なぜだかみなさん記憶がないみたいです。

 

先日も配属発表の後に

『こじまさん、部署どこになった〜?』

「〇〇だよ〜」

『あ、院卒の人がいるとこだよね!院卒の人と一緒ってすごいね!』

「わ〜ありがとう〜!」(ちなみにその院卒がわたしだよ!!!)

という会話を同期としました。

 

まぁ仕事するうえで年齢はそこまで関係ないですし、「いける!まだ今なら制服着てもちょっと老けた高3でいける!」みたいなことも多方面から力説されるので、しばらくはこじま(22+4歳)で押し通していこうと思います。はい。

 

あとは人事の研修担当の人にもいじられるようになりました。なんでや。

どこにいってもイジられキャラなのは自覚していますが、どうして入社して1週間でバレているのでしょうか。謎です。

 

自分でいうのもなんですが、昔の自分の写真をみると「なんか知らんけどめちゃくちゃ痩せたな〜!」と感じるほど外見は変わりました。

見た目が変わっているのだから、ほかも変わっているだろうと思っていたのですが、そんなことありませんでした。

 

こじまはこじまのままみたいです。

 

会社員になっていわゆる"社会人"になりましたが、そんな肩肘張ることはないみたいです。のびのびと楽しいことのために生きていきます。

 

あとは早くこの情勢が落ち着いて旅行したり、大学キャンパスに遊びにいけるようになったらいいなと思うばかりです。

 

しんどいこともどんどん増えていくかもしれませんが、会社員の立場から見えるはどんな景色か楽しみです。

 

それでは!

 

 

 

院よさらば

こんにちは。こじまです。

 

引越しやら某国家公務員バイトとかしてたら2月が消え、3月までもが消えそうです。

もはや来週には4月というバグまで起きています。

 

そして先日こじま無事に大学院を修了しました!ワーイ

最後の1ヶ月に5万字を錬成したこじまもなんとか修了できました。

 

つまりは大学院にいってから研究分野を変えても

高校まで理系でも

社会科目は地理しかやってこなくても

歴史分野の修士論文は書ける!

修士号は取れる!!

夢は叶う!!!(?)

という一応の証明ができました。

 

大学院生活の前段階にあたる入試から振り返ってみても、こんなんでよく大学院修了できたなとしみじみ思います。

「お前、この大学院の入試落ちたらプー太郎やで」みたいな感じで進学することにし、およそ2ヶ月漬けで今の研究分野の概要を入れ込むみたいな博打打ちから大学院生活が始まってますしね。

(正直、入試論題のうちの書かなかった「〇〇主義について~」のほうは入試時点で言葉は本で字面はみたけどさっぱりわからん状態だったので速攻で書くのを諦めたことをここに告白します)

 

入試から修了するまで就活も含め全くもって誰の参考にもならない大学院生活すぎて後輩には申し訳ないかぎりです。笑

 

さて学部時代は専門っていうのがかっちり決まっていなかったので、大学院ではじめて専門的なことやってんなーと自覚しました。

本当に学ぶことが多く、毎日「なんだよそれ!?知らねーよ!!!」みたいなことを心で叫んでいました。

修士論文を書きながらも「誰だよ!?こんな研究考えたの!?!?わたしだよ!!!アホちゃうか!!!」と自分を恨みながらキーボードを叩いていました。

 

そんなあっという間の歴史分野での修士課程のなかで気づいたことは

歴史分野の研究って世の中の"余白"を拡げるもの

だということです。

 

この"余白"っていうのは世の中がもっと良くなるために必要な新しい価値観とかが入り込むスペースというか"ゆとり"みたいなイメージです。

 

歴史研究ってそうした"余白"を拡げていくことが得意な学術領域だなと。

そういう性質のある歴史研究はなおさら上澄みだけさらうと象牙の塔に見える気がします。

だって"余白"を作ったって、それはまだこれから使うスペースを作っただけで、すぐには使わない、いつ使うかわからない部分なので一見、無価値で無意味に感じますもんね。

けれども"余白"がないと新しくそこに何も書き込めないし、書き直せないじゃないですか。

 

だから歴史研究は象牙の塔のままでいいんじゃないかなとわたしは思います。

でも、"歴史"を研究する意味を考えることは大事な気がします。

まぁ、象牙の塔でいいって言ってますが誰かに「歴史は不必要!無価値!」とか揶揄されたらキレますけどね。笑

 

それと研究というレベルまでのことをしなくても、何かの"歴史"を咀嚼して飲み込むことは個人にとっての"余白"を拡げることに繋がっていることにも最近、実感が湧きました。

 

それを感じたのは最近、こじまがハマっているSnowManというグループの"歴史"を辿ったときです。彼らの"歴史"を追えば追うほどめちゃめちゃ自分のなかに組み込みたくなります。

 

彼らの楽曲や動画など数あるコンテンツのなかでも、特に1万字インタビューが彼らのパーソナルに近い"歴史"を知ることができるものがあります。

1万字インタビューとはメンバーそれぞれがデビューするまでの自分の幼少期はどんな人物だったのか、何がきっかけで事務所に所属したのか、下積みでどういう経験をしてきたのか、どういうことを感じたのかを個人で回想する雑誌企画です。

ようは、これまでのアイドル活動を軸に記す個人史みたいなものです。

 

 

例えば元々6人グループだったSnowManが9人グループになることが決まったときについて、とあるメンバーがこう語っていました。

「ここまで作り上げたものを一度壊す怖さは正直ありました。ファン、メンバー、みんなが心地いい空間ができあがっていたから。でも、だからこそ変化を求めていました。6人でいると最高かよって思った。同時にここがマックスになるかもしれない怖さみたいなものもあったから。常に進化したいし成長したい。(後略)」

 Myojo 2021年4月号「SixTONESSnowMan 10000字インタビュー 僕がJr.だったころ 第10回:佐久間大介」177-178頁

 

これを読んでわたしは「今が最高!」って瞬間から上を望まなかったのなら現状維持か落ちるだけなんだなというのと、「今が最高!」だと思う環境を「売れているのか」の尺度で考えるとどうなのかといったような自分の立場を俯瞰することを改めて学びました。

それとこれから会社員生活をして、学術の環境からからあえて離れるのも一つの手段だと思えるようになりました。

(あとこういうニュアンスの話、経営学の授業で聞いたことある!って感じです。なんだっけな〜組織論だっけな〜)

 

また、ほかのメンバーがとある収録で「自分はいらない」というのを聞いてしまってからやめたいと思ったときについての回想を以下のようにしています。

「(前略)特に選ばれた4人は、かなり大きく映るシーンがあった。MV用のダンスレッスン中、その4人を誰にするか振りつけ師さんたちが話し合ってて。(中略)そしたら聞こえちゃったんですよね。"目黒はいいや。いらない"って。プロの世界なんで当然といえば当然で。当時の僕は選ばれるに値しなかったってだけの話なんですけど、その一言で心が折れた。(中略)家に帰ってそのまま両親にボロボロ泣きながら"辞める"って伝えて。そしたら即答で、"辞めな"って言われた。"そんなになるほどがんばったんだ。辞めればいいよ"って。少しは引き止められるかなって思ったのに1ミリもそんなことなくて、逆に冷静になったというか。悔しいまま終わったら、いつか今一緒に活動しているJr.がテレビに出るのを見たら、そのたびにこの悔しい気持ちを思い出すんだろうなって。なんか妙に冷静になって、自分で辞めたいって切り出したくせに、"もう少しだけやってみる"って」

Myojo 2021年3月号「SixTONESSnowMan 10000字インタビュー 僕がJr.だったころ 第9回:目黒蓮」187頁

ここを読んで「 これ、前にブログで書いた『ハイキュー!!』のときの感情に似てる!!」となり、この考えの実践は経験として活きると感じることができました。

17-wwannanext.hatenadiary.com

  

こんな感じで1万字インタビューというエンタメ企画の個人史を辿るだけでも「こうしてみよう」とか「こう考えてみよう」と自分の中身が組み変わり、そこで自分の"余白"の拡がりを感じます。

 

ここで挙げたのはちょっと暗い(?)内容を抜き出しましたが、1万字インタビューの内容はもっとポジティブなことも書いてます。なんたてったって1万字。

 

まったくもっての余談ですが、これを読みたいがために人生ではじめてMyojoを買いました。そして、1万字インタビュー以外の特集をほぼ読んでいません。笑

Myojoって大学図書館はおろか公立図書館にも置いてなくて、ハマる以前のバックナンバーに掲載されたメンバーのインタビューは国会図書館に行かないと読めないというのも最近知りました。

今度、国会図書館でバックナンバーを複写してこようと思います。笑

 

そんなこんなで歴史研究がたくさんの人が辿るための"歴史"っていう道を作る気がします。

 

そんでもって別に同じ"歴史"を辿っても、その道を「しんどい」って思っても「楽ちん」と思っても、それとも全然違う感想をいいと構わないと思います。

むしろ全然違う印象・感想がでてくるからこそ、それを各々が飲み込んだり、発散したり、共有したりを繰り返して世の中の"余白"は拡がっていくのではないでしょうか。

 

ここまでくどくど書きましたが、結局のところわたしが大学院での研究や学びのなかでみつけたことはこの世の中に"歴史"のないものなんて存在しないので、捉え方次第で"歴史"とはいつでも自分の"余白"を拡げてくれるだけでなく、考えの埋め込みも編纂も自由にできる万能ツールだということですかね。

 

正直なところ、これくらいしか2年間ではわからなかったです!

うーむ!まだまだいろいろ知りたいし、深掘りしていきたいものです!

 

こじまはいったんは学術の場から離れますが、視点を変えれば毎日は"研究"なのでこれからも考えて日々生きていこうと思います。

 

早くキャンパスに誰でも入れるようになってくれないと遊びにも行けないですしね。笑

 

それでは! 

 

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逆光の写真意外と好きなんすっ。

 

 

 

 

それでも街は生きている

こんにちは。こじまです。

 

寒くなったりぽかぽかしたりでちょっぴり疲れる2月です。

まさに三寒四温って感じの気候になってきました。

 

東京での次の家が決まりました。どこにでも行ける街に住むことにしました。

部屋自体はもちろん大事なんですけど、街も大事にしました。

 

わたしは街って生きものだと思っていて、やっぱり合わないとしんどくなるなと思ったので街選びを結構時間をかけて考えました。

 

結果的にまた大学が近くにある街になりました。

たぶんそういう街が好きなんだと思います。

 

大学院進学のときは入試時点で初めてあの街に降り立ったときに「あ、ここは合う。たぶん住むぞ」と直感的に感じたので何も迷いませんでした。

 

あの街をわたしはずっと"平たい地元"と呼んでいます。笑

南北に移動していくと街の空気感が変わるところや、大学がある街のなかでも特に雰囲気が似ているなと。

駅をはさんで街がガラッと変わるのは地元の山をはさんだ街の風景の変わり方に似ていてすごくおもしろいです。

 

ただあの街は地元に比べるとちょっと排他的だなって感じます。

同じ属の生きものに分類できるけど種が違うみたいな。

 

やっぱり街は生きものでその雰囲気を感じるのは楽しいです。

いろんな断片が街には溢れているのを歩きながら感じるのはたくさんの発見があります。住むのと訪れるのとでは雰囲気が違ったりとか。

 

街は生きものだからこそ、人の思うように育ってくれたりはしないんですよね。

でも、それがたぶん最も人をしんどくして、最もわくわくさせるところだとこじまは思います。

 

だからなのか、わたしのカメラロールは街の写真ばっかりな気がします。

 

ここ最近は人に会うことも少ないので余計かもしれません。

今は特に大きな街にいることが多いのでビルの写真が多いです。

 

f:id:u_w_wanna-next:20210223125218j:plain梅田の朝。

f:id:u_w_wanna-next:20210223125205j:plain東京駅の新幹線のホーム。

 

以下、なんとなく白黒にしてみた編です。

f:id:u_w_wanna-next:20210223125246j:plain裏門を閉められたからこそ何度も歩いた道。

f:id:u_w_wanna-next:20210223125159j:plainたぶん肥後橋とかその辺のどっか。

f:id:u_w_wanna-next:20210223125827j:plainこれもたぶん肥後橋周辺。

f:id:u_w_wanna-next:20210223125152j:plainなんか電線がいいなって思ったとこ。

 

これらの写真をみていると自分の好きな構図がよくわかりますね。笑

 

それでは! 

 

いつか一緒に輝いて

こんにちは。こじまです。

 

2月です。人生で初めて髪を染めました。

はじめはこのことをまとめようと思ったのですが、ちょっとまた寝かせておきます。

 

某委員会の某会長の某発言について思うところがあったので、先にこれを書くことにしました。

発言そのものに対しての率直な感想としては「まぁ、そう思われていることなんて今さらだよね」です。

あとはその発言に対しての批判や意見をニュースから拾っていくと、ちょっとズレているんじゃないかなと思うことが多々あります。「いや性的指向の話は今はちょっと違くね?」みたいな。

 

なんでもかんでも男性・女性という同じ言葉を使うからあっちこっちに話や問題が錯綜している気がしなくもないです。

 

それぞれの発言や意見に言及することはしませんが、この一連の出来事に対して言いたいこととしては

 

「『少女革命ウテナ』観よか?」です。笑

 

Wikipediaによる『少女革命ウテナ』のあらすじはこんな感じです。

幼い頃に自分を助けてくれた王子様に憧れ、自分も王子様になりたいと願うようになった少女・天上ウテナは、入学した鳳学園で「薔薇の花嫁」と呼ばれる少女・姫宮アンシーと出会う。エンゲージした者に「永遠」に至る「世界を革命する力」を与えるという「薔薇の花嫁」をかけて戦い続ける生徒会役員(デュエリスト)たちは、ウテナがかつて王子様から貰った指輪と同じ「薔薇の刻印」と呼ばれる指輪を持っていた。ウテナもまたこの決闘ゲームに巻き込まれ、その背後にある「世界の果て」へと迫っていく…。

1〜13話が生徒会編、14〜24話が黒薔薇編、25〜33話が鳳暁生編、34〜39話が黙示録編。

 

ja.wikipedia.org

第1話 薔薇の花嫁

第1話 薔薇の花嫁

  • メディア: Prime Video
 

 39話とちょっと長めの話数ですが、全話アマプラで観れます。

 

さて、わたしがはじめてこのアニメをケーブルテレビで観たのはたしか3,4歳の頃なのですが、アニメ最終回でのとあるセリフに頭を殴られたのを覚えています。今の自分にとってもかなりガツーンとくるセリフです。

 

そのセリフとはラスボスがウテナにむけて言った

君には無理だ。
君は女の子じゃないか。
それに力もない。

力があればなんでも出来る。

彼女を運命から解放することもできる。

ラスボスからウテナ"女の子"だから王子様にはなれない、つまりはお姫様であるアンシーを救えないと断言されてしまうのです。

そして救われる側とされるアンシーは「自分はお姫様なのだから」が基本的な行動規範となっています。

 

文字で説明するのも野暮なので、今回の某会長の発言に関心がある人は少しでもいいからアニメだからと馬鹿にしないで一度観て、何か考えてもらったらなと思います。

 

でもまぁ、『少女革命ウテナ』は初見はわけわかめアニメかつめちゃくちゃ人を選ぶ作品です。笑

個人的には黙示録編が肝なんですけど、そこに至るまでの話が絶妙に飛ばせないのでとりあえずは通しで観て欲しいです。

 

これがおよそ25年前に制作されていたのはかなり挑戦的だな〜って今でも思います。

幼少期のこじまにとってはいろいろ衝撃的な作品でした。

 

ジェンダー関連の話題があちこちで起きるなかで毎度わたしは「頼む……とりあえずウテナ観てくれ……」と心で思わなくもないです。笑

 

タイトルの"革命"って一体どういう意味なんでしょうかね。

最後に劇中のなかで好きなセリフの一つを載せて終わります。

 

卵の殻を破らねば、雛鳥は生まれずに死んでいく…

我らは雛、卵は世界だ。

世界の殻を破らねば、我々は生まれずに死んでいく。

世界の殻を破壊せよ 。

 

なんかヘルマンヘッセもどっかで似たようなこと書いてた気がします。

 

それでは!

いつも心に"アイドル"を

こんにちは。こじまです。

 

2月です。もはや2021年のうち1ヶ月が終わってしまいました。なんてこったです。

そして提出したレジュメの誤字脱字がひどすぎて「なぜ読み返したときに気がつかなかったのか」と過去の自分を殴りたい衝動に駆られています。

 

さて、そんなこんなで「かべ打ちブログ」を書き始めて3年が経ちました。

こんなにも壁打ちを続けられるなんて思ってもみなかったです。ビバ・自己満足☆

 

いろいろ人生の節目にいる気がするので、頭のなかの整理も兼ねて自分のモットーの『人生は"アイドル"だ』をもうちょっと、こねくり回したいと思います。

 

見返してもこのときの自分の心境を俯瞰できるようにするために、当初のモットーとモットーにちょっと詰め込みたい意図を増やした2021年版にわけてみました。

 

 

 

思いつき当初

(↓うっといくらいの再掲)

17-wwannanext.hatenadiary.com

 

2018年にはじめてこのモットーを思いついた時は「やりたいこと/求められること」のバランスを自分でとることが精神安定を保つうえでめちゃくちゃ必要でした。

知ってる人は知ってると勝手に思っているのですが、これを書いたときのこじまは本来なら引退していた仕事を半ば押し付けられていた時期です。

組織としての努力を怠っていた節はあったので、いろんな貯蓄(主に人材)がついにわたしの代で崩壊したって感じです。

 

別に誰が悪いってわけではないんですが、2回生のときに人がこまめに「チェックしてください」と修正いれるたびにアップロードしていた企画書や資料をろくに前日までチェックもせずにSNSでご丁寧に遊んでいる報告を複数してくれているなかで、企画当日にあれがないこれがないとか進行もドタバタしてしまい「仕事がなってない」みたいなことを企画後にダメ出しされたときに「わたしもやりようがあったかもだけど、おまえらが報・連・相を他人に説くなや!!このっ…◎△$♪×¥●&%#?!」と心底キレそうになった(キレた)ときから組織としてヤベェ感じはありました。

繰り返しますが、別に組織の崩壊については誰が悪いってわけではないんです。(大事なことなので)

もちろん、わたしも悪い。

 

たぶん放り投げてもよかったんだと思うんですけどね、この頃の"仕事"って。

自分の人生を保証してくれるものでもなかったですし。

まぁ、あくまでもそれを"学生のお遊び"とするならですけど。(ここで謎のプロ意識の発揮)

 

おかげさまで、組織ごちゃごちゃ以降しんどくなると下まぶたが痙攣する癖がついたので、休息の目安にしています。それほどにはしんどかったです。笑

 

そういう組織やばそう期~ごちゃごちゃ期はたくさんの人のおかげで自分の精神も仕事内容も保たれていたという感覚が強かったので、わたし1人で窮地を乗り切ったと美化するのは違うなと。

あとは組織のことだけでなく、進学に関しても他人に支えてもらったので高く登るための梯子をたしかに直接かけ登ったのは自分だけど、その梯子をかけてくれた人がたくさんいると思いました。

だからこそ「自分は主役で誰かの裏方」を忘れちゃいけないと自分に言い聞かせたいなと考えました。

 

ここまでが2018年の『人生は"アイドル"だ』を思いついた当初にこめていたものです。

 

2021年版『人生は"アイドル"だ』

それでは2021年の追加要素をまとめていこうと思います。

まずは「この景色、この一瞬のためになら何でも懸けられる」です。

 

本職アイドルたちは会場を埋め尽くすペンライトをみた瞬間や自分に向けられるお客さんの歓声を聞いた瞬間の気持ちを「ここまでの努力も、辛かったこともどうでもよくなる」とか「全部が報われたと思える」というように述べています。

 

それに近い感覚がわたしにもあります。

企画だったり論文だったりの作業のなかで「どうして辛い思いしてこんなことしないといけないんだ」とか「もうやめたい」といった感情がよぎります。

けれども、そんな感情を「他人の価値観が変わる瞬間の表情」や「新しい何かをみつけたときにぶわわーっと湧き上がる感情」は吹き飛ばしてくれます。

 

この「他人の価値観が変わる瞬間の表情」はなんて文字で伝えればいいんですかね。いうなれば"はっ"とする顔ですかね。笑

 

自分が関わった何かや作った何かが人に影響を与えたその一瞬を感じ取れたなら何時間もかけた作業もしんどい思いも報われたと感じます。

 

そうした表情をみたときや、知らなかった何かに出会うときに鳥肌が立つような感情が「新しい何かをみつけたときにぶわわーっと湧き上がる感情」です。

 

もうこの刹那的な経験を味わいたいことだけがすべての原動力です。

なんだって無駄じゃなかったと、すべてはこのためだったと肯定できるくらいのパワーがそこにはあります。

本当に「やめたい」と泣きながら、報われる瞬間のためだけに手は動いてる。(ある種のホラーか?)

 

つぎに「自分は何ができるのかを考え続ける」

これは「求められること」にも繋がることなのですが、「求められること」って自分では思ってもみなかったことだったりします。

自分ができると思っていなかったことを期待されることって嬉しいんですけど、準備運動ができていないことが多くて、すぐに「やりたいこと」に変換できなかったりで行動までにラグができてしまうんです。

「やりたいこと/求められること」の相互変換をスムーズにするために「自分は何ができるのか考え続ける」ことが必要かなって考えました。

自分ができることって不変でも普遍でもないので、「できることはこれ!」みたいなリストアップ形式よりも、もっと流動性の高い"考える"状態で自分の中でたゆたうくらいにしておくと自分のできることがわかってくるし、増えるかなと思います。

 

これは逆に「自分は何ができないのか」も然りです。

自分の引き出しは多いにこしたことはないですしね!

 

そして「わたしの渇望は"選ばれること"だということを忘れない」

そもそも"アイドル"って誰でもなれるではないです。

なりたくても"アイドル"になれない人もたくさんいます。

そしたら、どんな人が"アイドル"かというと誰かに「あなたがいい」と選ばれ続けた人だとこじまは考えます。

デビューするまでも、デビューしてからでも"アイドル"を続けるなら永遠に問われる続ける日々です。

 

けれども、ずっと篩に掛けられる立場だということを意識しすぎると疲弊してしまうなと。

 

じゃあ、どうしたらあんまり疲れないかを考えてみました。

<"選ばれる"こと≒認められること≒やりたいこと>

という具合にあえて単純な図式を根っこに刷り込めば意外とすんなりいきそうな気がしました。

 

純粋で単純で幼稚な「ずっと『わたしがいい』と言われ続けたい」という渇望を忘れさえいなければ、どんな努力をすればいいかわからなくても努力自体はできるかなって。

 

最後に「出会えてよかったと思われる存在でいたい」です。

やっぱり「他人のいい記憶のなかにいたいな」という気持ちからこれを『人生は"アイドル"だ』に込めました。

 

これは図書館バイトでお世話になった方に「娘にはこじまさんのように育って欲しいなって思う」と言ってもらえたことがすごく大きいです。

そんなことをいっていただけるほど、自分の実体はそんなにできた存在じゃないとしてもその方には「出会った後悔」よりも「出会えてよかった」が大きかったんだと感じ、とても嬉しくなりました。

 

たとえ出会う人全員にそう思ってもらえることは難しいとしても、そんな存在になれるように心がけていきたいです。

 

それに"アイドル"は笑顔をみせるんじゃなくて、笑顔にするための存在だって某スクールアイドルも言ってました。(そんなわたしはことりちゃん推し)

ようは「生きてることがわたしへのファンサ」と思ってもらえるような人間になりたいなと。笑

 

さて、このパワーアップ(?)した『人生は"アイドル"だ』をモットーにまた日々過ごしていこうと思います。

 

それでは!

 

 

なんでもってアイドル

こんにちは。こじまです。

 

今年も平日9:00-17:00バイトの季節になりました。

なので一区切りついたはずなのになんかドタバタしてます。やはりわたしは回遊魚。

 

さて、いつぞやのブログで人生で初めて某ジャニーズグループにハマっているということを書きました。

それはもうハマるきっかけを作ってくれた友達ですらびっくりするほどのズブズブ具合です。狂ったように曲を聴き、狂ったように動画を観てます。

彼らがいなかったらわたしはきっと修士論文を書き上げられなかったと思うくらいに12月下旬のわたしの心に刺さりました。それを今も継続中という感じです。

 

でもまぁ、個人的にはハマる時は大抵こんな感じなのでさほど驚いてません。

毎日3食とも青椒肉絲でOKみたいな生活をハマるとすぐにこじまはします。笑

 

何かにハマるときには何かしらの理由があると思っているので、ひとまず書くもの書いたのでここでちょっと真面目に考えてみることにしました。

 

こじまが男性アイドルが好きな理由はなによりもほかのコンテンツにはない物語性にあると思います。

 

正直なところ、だいたいの男性アイドルたちをみて「知り合いにいそう」という印象を抱くので、あまり「きゃー!かっこいいー!」は思わないです。

 

いや、本当に慣れって怖いですね!笑

(この気持ちを中高時代の友人・知人たちはきっとわかってくれるはずだと信じている)

 

MV・PVは作品なので個々人のビジュアルに対してとはちょっとまた違う"かっこいい"はあります。

 

なぜこんなにも惹かれるのかをビジュアル的要素を除いて考えると音楽性の好みはもちろんありますが、なによりもアイドルが提供してくれる物語だと思います。

つまりは"アイドルは限りなくリアルな紡ぎ手によるフィクション" であり、そのなかで好みの物語を読んでいる感覚です。

 

女性アイドルじゃなくて、男性アイドルが好きというのも自分の好きな物語展開だからこそだと思います。

 

男性が自分にとっての異性であるという理由はもちろん少なからずあるだろうけれども、男性アイドルが提示する物語は<やりたいことのための努力を「努力している」と堂々と主張することを肯定してくれる>から好きなんだと思います。

 

ようは"努力しすぎるお前は痛い奴だ"なんていう人がいない物語がわたしは好きなんです。

 

ただ、たとえ努力を積み重ねても少しでも受け手にとって気に食わないことがあるとボロクソに言われる世界なのは「なんだかな」と思わなくもないです。

 「プロ意識がない」とか「努力が足りない」とかを言うファン(?)見かけると「じゃあ、あなたは普段からプロ意識持って生きとるんやな?他人の努力を批判するんねんから、自分もそれくらいの覚悟で生きとるんよな??せやんな???」と思ってしまいます。(口が悪い)

 

 

アイドルを小さい頃から好きだったわけじゃなくて、アイドルにハマったタイミングを考えると、大学生になってコミュニティが広がって自分の”普通”って、思ったよりもほかの人の”普通"と違うことが多いと気がついてしまったくらいですかね。笑

 

わたしはすぐ"頑張る"とか"努力"とかの言葉を使うけれども、人からすると私の"頑張る"は"すごい頑張る"に見えるわけで。

例えるなら車のエンジンをかけて、少しずつギアをあげるのがセオリーだけど、こじまはいきなり1速から5速くらいまでギアをひょいひょいっと上げられるみたいな感じです。それが良いか悪いかは別にして。

 

努力っていっても得手不得手もあるので、人それぞれなのは理解しています。

5努力して10できるときもあるし、100努力しても1しかできないこともままあります。

 

それでも、わたしはどんなことにも"努力すること"は"当たり前"だと思っていました。

わたしにとって0努力なんてあり得ませんでした。

 

この考え方はこじま家がオーバーに言えば「努力しない人間には人権はない」みたいな環境なことに由来する気がします。

たぶんこじま家は結果よりも努力したかどうか、最善を尽くしたかどうかのほうを重要視しています。

「やれるだけやったんか」「その努力の方向性は適切なのか」を問い続けられる日々です。笑

 

けれども集団のなかや組織のバランスをとろうとする時に、わたしが努力することは必ずしも良いことに繋がるわけではないです。

 

時々それがストレスでした。

「なんでそんな頑張るの?」みたいな視線は結構堪えます。

 

いろんなものをもっと良いものにしたいし、上に行きたい。

そのために殴り合いをする努力も必要で、妥協する努力も求められると考えます。

 

とにもかくにもどんな"努力"も重要だと思っていたなかで、"努力は痛い"みたいな価値観に結構あてられてしんどかった時にこじまは男性アイドルグループにハマりました。

 

男性アイドルグループの紡ぐ物語は努力することを自体を肯定してくれる気がしました。

それからというものの、人の人格を消費している罪深さを感じつつ、あっちこっちの物語を読み漁る。笑

 

あとはわたしが好きな男性アイドルグループの特徴としては群舞が上手なグループばっかりな気がします。

 

きっと"綺麗に揃っているけど個性が死なない"っていうのが刺さるポイントです。

いや、どんだけ自分の抱く集団に対する憧れと息苦しさをアイドルに投影しとんねん。笑

 

まぁなんというか、孤高にはなりきれないこじまがそうしたアイドルの物語を楽しむなかで、現実を生きていくために思いついたのが『人生は"アイドル"』です。

 

(↓これを書いたのがほぼ3年前になるなんて…そしてまだ書きたいのに書いてないことがいっぱい) 

17-wwannanext.hatenadiary.com

 

 他人が自分に求める"普通"と自分の捨てたくない"普通"のバランスを探して日々生きるって感じです。

ある意味自分が"普通"じゃないからたくさんの人からチャンスを貰えたとも思っています。

 

そして、これまで特定のモデルがいるわけではなくいろいろ混ざった<人生はアイドル>だったのですが、それを体現していると思われる人間をとあるグループに見つけてしまいました。

 

その人こそが、今こじまが狂っている某ジャニーズグループのメンバーです。 

 

ま、そんな初めてハマったジャニーズのグループはSnow Manっていうですけどね!

曲調もダンスもいい意味でわたしのジャニーズ系の概念をぶっ壊してくれました。

 

てか、もうすべてがわたしに刺さるんです。

楽曲の方向性や表現はもちろんなんですが、本当に物語が突き刺さる。

 

下積みが長くて、デビューした時点で多くのメンバーの年齢が20代後半なのも、もともとは6人だったのが9人になったのも、単純に6+3じゃないことも。

 

わたしが勝手に9人に対していろんな想いを重ねているだけなんですが、本当にいろんな媒体から彼らの物語の断片を見つけるたびに悶えています。

 

ずっと1人で勝手に引っかかってたことに対して

「あぁ、自分の辿ってきた道もちょっとは肯定してもいいんだな」

って思えました。

 

他人にはどう映っているかはわからないですが、人には人の地獄があるのです。

 

ちなみにお正月に公開されたこのMVをみて、こじまは論文を泣きながら書いていました。この曲を流して、ぎゃんぎゃん泣きながらキーボード叩いてた。(マジ)


Snow Man「ナミダの海を越えて行け」YouTube Ver.

 

でもまぁ、こんなにもズブズブになったのはロールモデルになった人とは別のメンバーがきっかけなのですけどね!

 

そしてSnow Manにハマってはじめて"エモい"と呼ばれる感情がわかった気がします。

さていろいろ書きたいのですが、長くなるので細かいことを書くのはまたにします!いつ書くかは知らん!ハハハッ

 

ここまで長々と書いてきましたが、最後にハマったきっかけのMVも貼っておきます。

ちなみにリボンつけてる衣装の人がわたしのロールモデルです。よければ探してください。笑

(サムネの衣装は別衣装)


Snow Man「D.D.」MV (YouTube ver.)

 

このMVを観直すと3分30秒のなかでその人がソロで映ってるのおそらく3秒くらいしかなかったです。

歌割りも基本ハモリかつ歌っていても引きの映像で、過激ファンが怒り狂うのもちょっとわかる気がします。

 

なんか友達に見せてもらったときに「こじまちゃんの動体視力www」「こじまちゃん、好きそう」って言われたり、先日退職したバイト先の社員さんに「わかる。こじまちゃん○○担*1っぽいわ」と言われたのを思い出して、いまさら自分でもジワジワきました。

 

最初にそのグループのMVを観してもらったときに「この人がかっこいい」と思った自分のシックスセンスを信じようと思います。笑

 

それでは!

*1:ジャニーズの界隈では特に好きな人がいると"○○くん担当"表現するらしいです。